「おーい出発するぞ!」
「うん今行くよ!」
無事に出来上がった船に荷物を積み込んで、出発だ。
船と呼べる代物ではないにしろ皆で力を合わせて完成させたそれは太陽の光を浴びて輝いて見えた。
皆で満面の笑みで見上げると何とも言えない一体感が体中を満たす。
正直、この先何が待ち受けているのかわからない。
ただ、ラズリルから出た時とは違う、新しい出発なのだという気がした。
暫く世話になった島を振り返ると、少し名残惜しいような気もするが、
それよりも早く何処かの街に辿りついて、フカフカのベッドで嫌と言うほど睡眠を貪りたいという願望の方が勝っていて、
ここでの生活が一気に色あせたように感じた。
再び催促をされ、慌てて船に乗り込む。即席なのであまり広くない。
開いているの横に腰を落ち着けた。
「……て、あれ。あれもまさか持って行くつもり?」
視界に妙なものが入ったのは気のせいだろうか。指を指すと、タルが得意気に胸を張った。
「お!いいだろそれ俺が運んだんだぜ!なかなか立派なもんだから、街に着いたとき売ればきっと高くつくぜ」
「タルあなた本気で言ってるわけ?」
「おお、俺はいつでも本気だ!」
思わず顔を被いたくなるのは何故だろう。タルの無駄な笑みが心底信じられないと空を仰ぐと
「だから置いていこうよ〜〜」
いつの間にか隣に来ていたチープーがに加勢をする。
いつもの威勢は何処へ行ったのやら、すっかり怯えた声で、に縋り付く。
それもそのはず
「そんなの持って行ったら、ぬしガニ様のたたりがあるよ……」
つい先日倒した、ぬしガニの甲羅がそこにはあった。
チープーはあの一件以来すっかりカニにトラウマを持ってしまったらしく、小さいカニにすら尻尾を巻く始末。
しかしあの甲羅に一体どれほどの価値を見いだしたのかにもわからないが、
タルが持って行きたいと言うのならそれでいいのだろう。
も特に反対はしていないようだ。
怖い怖いと言ってすり寄ってくるネコボルトは迷惑であるが。
「う、わ」
そんなに寄ってきたら船のバランスが崩れるだろうが、
それ以前に急にチープの顔のアップが目の前にあって吃驚した。
ネコボルトのアップは心臓に悪い、と思う。如何せん目がデカすぎるのだ。
というか全体的に。
猫は膝の上サイズが丁度良いなんて失礼なことを考えているだなんてきっとこのネコボルトは知らないだろう。
「ちょっとチープーあんたいい加減暑苦しい…
「ぎゃっ」
いい加減引き離そうと試みた瞬間、に縋り付いていたたチープーがいつのまにか転がっていた。
もちろんはまだ何も手を出していない。
「え?チープー?どうしたの?」
「ごめん、足がすべった」
横から謝罪の声が聞こえた。にこり、と笑みを浮かべたがそこにいる。
何事かとタルとケネスに目で訴えると、瞬時に視線を反らされた。

「「「…………………。」」」

謝罪を受けた張本人に恐る恐る視線を向ければ、
転がった先が丁度カニの甲羅のある位置だったために気を失ったネコボルトのヒゲが風邪に吹かれてひくひくと揺れた。
不運な事故だった。その時ばかりは三人の意見は一致していた。
「し、出発するぞ?」
苦労人ケネスの気の毒な声が、青い空に響いた。













programma4-1 Reminiscenza - 出発 -













出発して直ぐにリーリンが現れた。
島の主を倒してくれたことのお礼に、とここから一番近い街がある方角を教えてくれた。
闇雲に出発するところだった一向には願ってもない情報だった。希望の光が射した気がする。
主が倒されて、人魚にも平和が戻ったことに安堵をしつつ、
また次に会う機会があったら、しっかりとお礼をしよう、と心に誓った。
船が見えなくなるまで見送ってくれたリーリンに最後まで手を振り続けたに、
いつの間にそんなに仲良くなったのかと、仲間達には呆れられた。
落ち着いてゆっくり見ると、伝説の人魚リーリンは想像通り、愛らしい姿をしていて、の顔は終始緩みっぱなしだった。



「まだ陸らしきものが何にもみえないね」
、まだ半日しか経ってないから」
「わかってるんだけどさあ……暑いよ!」
視界にちらちら入るネコボルトの毛皮なんて特に暑い。見てるだけで暑い。今度絶対あの毛皮を剥いでやる。
の視線を感じたのか、チープーの肩がぴくりと揺れた。
「もうじき日も暮れる頃だから涼しくなると思うよ。なんだったら、ほらせっかくの甲羅を被ったら?」
の視線の先には哀れな主ガニのなれの果てが転がっている。
因みに中身は皆で美味しく頂いた。
あれだけ苦戦した相手だけにその美味しさも一塩だった。
チープーだけは食べるのを頑なに拒んでいたが。
全て食べきれる量ではなかったので、いくらか保存食として船に積んであるのを思いだして空腹を訴えそうになった腹を慌てて鎮める。
「え、遠慮させて頂きます。、甲羅引っ張るよね…」
もしかしたら涼しくなるかも、と甲羅を被る自分を想像してしまったことを後悔する。
いくら暑くてもそれだけは勘弁してもらいたい。
タルが綺麗に洗ったというが、カニ臭くなるのは正直頂けない。
そんなことを笑顔で提案してくるの笑顔ははっきりいって胡散臭い時の笑みだ。
「そう?」
「…そうでもないかも」
あはは、と乾いた笑みを浮かべると
「そんなことよりほら、しっかり漕いで」
注意された。やはり笑顔で。
の機嫌が悪い気がする。いつからかと問われればと口論になった時からだろうか。
あの時からもう機嫌は悪かった。ただ今のとは少し違う気がする。
上手く言い表せないけれど、今の状態はもっと根が深いような。悪化しているということだろうか。
の気のせいかと思えば、時々タルやケネスから目で「どうにかしろ」と訴えかけられているので、そうではないらしい。
どうにかしようにも話しかけようとすれば「無駄口叩く前に漕げ」と言いかねない雰囲気を纏っているので迂闊に口を開けない。
とりつく島もないとはこの事だ。どうやらこの調子では一息ついたときに改めて話し合う必要がある。
天然無敵のチープーは一人蚊帳の外で、心底あの呑気な正格が羨ましいと思った。

「お、おいあれ…!!」
慌てたケネスの声に思考が途切れる。何事かと視線を彷徨わせると、一同同じ方向で視線が固まった。
嘘だろ、と誰かが呟いた。
「エ、エイ?!!」
それも巨大な。は殆ど海に出たことがないのであまり魚には詳しくないが、素人目にもそのエイの異様さは見て取れる。
「で、でかっっ!!」
「てかこっち向かってくるし!!」
ぎゃー、とパニックになるの肩をぐい、とが後ろに押した。もちろん巨大エイが向かってくる反対側に、だ。
は下がってて!」
「で、でも!」
しつこいとは分かっていても、食い下がる気はないと伝えようとすると、ぽん、と手に何かを乗せられた。
意図が掴めず渡した主を見ると、どこか諦めたようにため息をついたと目があって。
「どうせまだ紋章使えないだろ、これでで俺達をサポートして」
手渡されたものはおくすり。
「わかった!」
今の段階のの精一杯の譲歩が伝わってきて、思わずにんまりしてしまった。
それを見て「不細工」と一言、前線に出ていったの後ろ姿を見送って、紋章も武器も使えない自分を叱咤した。
(私に何が出来る――今は足手まといなだけ。でも今できる精一杯を――)


「わわわっっ!!」
2匹の殺人エイが達の船まで追いついたと共に、船が凄い勢いで傾いた。
エイが直接船に攻撃をしてきたのである。
慌てて海に投げ出されないように、と手近な手すりに掴まって凌いだ。振動が未だ止まらない。
その向こうで前衛に出た仲間達はなんとか踏みとどまっているのを確認して安堵する。
こんな攻撃など慣れたものなのだろう、彼らは海戦に慣れた騎士団出身なのだから。
頼もしい後ろ姿に安堵する。
ちらり、とが後ろを振り返りの無事を確認したのを見て、は頷いて見せた。
(私もこんなところで負けてられない!)
エイは大きい体の割には素早い動きをした。
こちらの攻撃を最小限に抑えつつも、その大きなヒレで攻撃をしかけてきた。
時々船自体にも攻撃を繰り出すので、その度には必死にしがみついた。
サポートをする、と意気込んだわりには、こうしてしがみつくだけの自分が酷く情けなかった。
それでも掴まっていないと、振り落とされてしまう。歯を食いしばって戦う仲間達を見守った。
手強いが、粘りの見せる達の攻撃で、徐徐に追いつめられていく殺人エイ。
「あと少しっ!!」
誰ともわからないその声に、再び勇気が宿り、流石に疲れの色を隠せない仲間達の為に、先程渡されたおくすりを取り出す。
時折エイの巨体から発せられるビームのようなものが、確実に達を蝕んでいる。
もちろんここは足場の安定しない船の上。打撲だって酷い筈だ。
目の前でタルの攻撃がひらり、とかわされる。
確実にこちらの動きも鈍くなっている。かわしたエイはそのまま今度はケネスへと突進した。
「うわっ!」
ケネスが悲鳴をあげて跪いた。
自分に出来ること。
激しく揺れる船上を這うようにゆっくりと、足を進めた。

!!危ない!!」

声が聞こえた時には既に体が中に浮いていた。

まだ若干の余裕を残したエイが突如、攻撃の対象を後ろのに換え、その大きなヒレがを弾いた。
その瞬間何が起きたのか瞬時に理解することが出来なかったが、
ふわり、とスローモーションのように自分の体が、自分の意思に反して後ろに吹っ飛ぶのをまるで他人事のように感じた。
「っつぅ…!!」
激しい衝撃と共に、背中に鈍い痛みが走る。叩きつけられた、背中と、腕が悲鳴を上げている。
だけれど、即席で作った船が、自分の体以上に敵の度重なる攻撃に耐えられず、キシキシと悲鳴を上げ始めていることに気付いた。
!!」
誰かの声に顔を顰める。多分この声はだ。
顔を確認する余裕がない程の痛みに耐えながら、声の感じからして酷く焦っているに、
(まったくは過保護なんだよ…っ)

「わ、私は大丈夫っ!!それよりはやくエイを…!!」
(エイが倒されるのが先か、それとも、この船が持ってくれれば…!!)
になんて構っている場合ではない。
思っていたよりもこの船のダメージは深刻だということは素人目に見ても容易いもので、
あとどの位持ち堪えられるのか、それが逆に焦りに代わり悪循環を生み出していた。
(お、落ち着け!)
なんとか体勢を立て直さなければ、せめて皆の荷物にならない程度には。


しかし、不安は的中する。
たった今吹っ飛ばされた衝撃での足下は既にみしり、と嫌な音が聞こえる。
(そう言えば、私泳げたっけ…)
瞬間、足下が崩れ、は海の中に投げ出された。
自分の体が冷たい海に沈んでいくのを感じた。
体中の体温を根こそぎ奪うような冷たい海水が体中を包んで
鉛のように重い体はじんわりと世界から光を奪われ急激に落下していく。


悲鳴のような悲痛な声が最後に聞こえた。




                                                          2010.03.05
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